本研究は、東京都江戶川区における調査の結果をもとに、人々が水害に対して事前の広域避 難を行うための要因について考察するものである。江戶川区をはじめとする江東五区はゼ ロメートル地帯を抱えており、千年に一度のレベルの高潮や洪水によって浸水が大規模か つ⻑期的に発生すると予測されている。こうしたエリアでは災害時に備えて指定されてい る避難所も浸水の危険性があるため、住⺠は計画的に避難することが求められている。また、 江戶川区は近隣市区との境界が河川となっているため、区外への避難のルートが限られて おり災害時に交通が橋梁などに集中することが予想される。そのため江東五区では、災害対 策基本法に基づく避難情報に加え、発災が想定される三日前から広域避難情報を発令する ことで、住⺠に段階的に区外に避難するよう呼びかけることとしている。 広域避難情報の発令は住⺠の安全な避難に資するのであろうか。この問いについて検討す るために、本研究は意見ダイナミクスモデル(OpinionDynamicsModel, 以下ODM)による 避難行動のモデル化を試みる。ODM を用いた避難行動に関する先行研究では、過去に起き た水害時の避難に関する情報を踏まえた計算機上での再現が行われてきており、特に「シャ ドー避難」などの問題を避難者間の情報のやり取りを原因として説明することに成功して いる。一方でこれらの研究は避難者間での避難行動に関するパラメータ設定が一様である ことを前提にしており、属性やリスク認知による要因による違いを表しきれていない。本研 究では、避難者間の直接のコミュニケーションや SNS による影響も踏まえながら、公的な 情報による避難行動への影響を回答者の階層化を通じて明らかにする。