本稿は、学問の出発点である問いがいかにして発生するのかを、哲学的・概念的に考察するものである。本稿では、問いを「現実との接触によって生じた違和感を言語化したもの」と定義し、その発生構造を、現実との接触→皮膚感覚→違和感→問い、として提示する。皮膚感覚とは、現実との接触によって生じる前言語的・身体的な反応であり、それが経験や既存の理解との比較を通じて不一致として意識されたとき、違和感となる。さらに、その違和感を既存の説明によって閉じることなく保持し、言語化することによって、問いが成立する。本稿は、ベルクソンの直観、西田幾多郎の純粋経験、ポランニーの暗黙知、ジェンドリンのフェルトセンスとの比較を通じて皮膚感覚の位置を明らかにし、ガダマーの問いの開放性を手掛かりとして、違和感を閉じないことを問いの発生条件として位置付ける。最後に、生成AIの時代において、答えを得ることが容易になるほど、何を問うのかという問題がより重要になることを論じる。