従来のライフストーリー研究は、「語り手と聞き手の一対一関係」における物語の生成過程に焦点を当ててきた一方、語り手の物語が聞き手以外のさまざま他者との対話を通して構築されているという重要な次元を周縁化する傾向にあった。この点を批判した本論文は、遍路のナラティヴのなかに地域住民のナラティヴが、地域住民のナラティヴのなかに遍路のナラティヴが、入れ子状に現れ交わる「交差した複数の物語」の生成構造を「クロス・ナラティヴズ」と呼び、これをその「時間の相」において、語りの複層的表記を用いて明示し、分析の視座と方法を提示した。
具体的なケース・スタディとして、徳島県の地域住民Aさんが「お接待者」になっていくプロセスをとりあげ、住民Aさんと遍路たちとのクロス・ナラティヴズの分析を通して、四国の地域住民がお接待にかかわることの社会的意味を明らかにし、四国遍路文化の核心を掘り下げた。